2014年御翼12月号その3

牧師の息子・ライト兄弟

 

 オハイオ州デイトンで自転車屋を経営していたライト兄弟、兄ウィルバーと弟オーヴィルは、1900年からグライダーの飛行実験を続けたのちに、1903年12月17日、ライトフライヤー1で有人動力飛行に成功した。それまでのグライダーは、機体の姿勢を制御する装置が付いておらず、突風にあおられて墜落、死亡事故も起きていた(リリエンタール)。ライトフライヤー1は複葉機で、兄弟が設計した4気筒12馬力のガソリンエンジンを搭載、パイロットは腹ばいになり、左手で昇降舵を持ち、腰の位置を変えることにより方向舵と翼のたわみをコントロールする。「どうしたら安定して、自由に飛行機の向きを変えられるのだろう」と兄ウィルバーはある日、空を眺めていた。そして、鷹がゆっくり旋回する姿勢を見ていると、向きを変えるときに、左右の翼をそれぞれ上下にねじって体を傾けていることに気づく。それをヒントにウィルバーは、主翼をたわませることで自由に旋回できる方式(たわみ翼)を考案し、特許を取得する。それは、自転車店で客と雑談しているときに、タイヤチューブの箱を手で左右にねじっているときに発想したものだった。当時の天文学・数学の大学教授らが、「機械が飛ぶことは科学的に不可能」と発表していた頃のことである。
 ライト兄弟(牧師の息子)の兄ウィルバーは、18歳のとき、エール大学に行って牧師になるつもりでいた。ところが、ホッケー(のようなスポーツ)の棒が顔面に当たり、前歯が全部折れてしまう。彼はすっかり落ち込み、自分の将来に自信を無くす。更に、母が結核となり、ウィルバーは看護のため、三年間、家に閉じこもってしまう。そんなウィルバーを助けたのが弟のオーヴィルであった。オーヴィルは高校中退後、印刷業を営み新聞を発行していた。彼は兄を誘い出し、二人で印刷所を経営することで、引きこもっていた兄を救い出した。オーヴィルは兄と対照的で、非常に楽観的な明るい青年だった。そして数年後、兄ウィルバーが25歳のとき、印刷業に飽きた二人は、自転車屋を経営する。19世紀の終わり、米国では自転車が大ブームとなっていたのだ(ウィルバーは自転車でゆったりと散歩するのが好きで、オーヴィルはレースによく出場していた)。しかし、30歳になったウィルバーはある手紙にこう記した。「ライト家の息子たち(ライト家の子は男四人、女一人)は、何かを達成しようとする強い決意を持たず、自分をせきたてようともせず、与えられた、人よりも優れた賜物を用いようとしていない」と。そして、当時アメリカで多くの人たちが夢見ていた飛行機の開発に着手しようとウィルバーは決意した。
 ライト兄弟の父ミルトン・ライト司教(一八二八-一九一七)は、心優しい父であったが、安息日には必ず神を礼拝することを徹底させた。そのため、ライト兄弟は、日曜日は店を休みにしていただけでなく、フライトをしないことにしていたくらいである。ミルトンは、奴隷制度反対、アルコール禁止を主張する新しい教団を設立、ライト兄弟は印刷業を営んでいた頃、父の教団ために、印刷物を発行し、伝道を助けている。更にミルトンの父(ライト兄弟の祖父)ダン・ライトは、酒造り職人であったが、息子のミルトンが産まれて5年経った一八三二年、酒造りをやめる。これは、酒が人生に及ぼす害悪を強く感じたからである。それ以降ダンは、酒を飲むことも止めただけでなく、酒造りの目的には穀類を売ることさえ承知しなかった。その強い信仰と、やり通す決意が、ライト兄弟にまでも受け継がれたのであろうと、東大名誉教授の宮塚 清は記している。
 ライト兄弟も酒やビールを全く飲まず、タバコもオーヴィルが20歳前に少しやってすぐに止めている。彼らの経営する自転車屋に入ると、客はとたんに真面目な話題や、機械の話に切り替える習慣になっていた。ライト商会の持つ雰囲気は、下品な話をしにくくしていたのであろう。息子たちが飛行機の発明に成功したという知らせを電報で知った父は、それほど驚きもせず、満足げに、彼らならば目標を達成すると信じていたと語った。そして父は息子たちに、遠征先のフランスでも礼拝に出席し、酒やビールを飲まない品行方正な態度は、彼らの発明よりも、ずっと役に立つだろうと語った。ライト兄弟は、飛行機に金を使いこそすれ、さっぱり儲けていない。当時は、特許権で大儲けできるような時代ではなかった。賞金をもらったり、ライト社の飛行機を販売したりで、日々の生活に困ることはなかったが、贅沢な生活ができるほどにはならなかった。二人とも「妻と飛行機の両方は養えない」との理由で、生涯独身を通した。そして、二人はとても仲がよかった。高校中退の二人の青年が、科学者や資金援助のある研究者が達成できなかった有人動力飛行を実現させた。どんな大きなことも、一人の発想から起こる。そして、献身的な信仰が実を結び、周りの人たちを励まし、慰め、清める働きをするのだ。

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